#雑記1 列車移動が足りていない日々

京都、岡山、久留米、名古屋、西脇。

2019年はよく、新幹線や寝台列車を駆使して他産地に行っていたことを思い出す。

昨年はほとんど電車に乗らなかった。コロナの流行で他の産地に行くことがめっきり減って、車生活なので日常でも電車に乗らない。自称・乗り鉄にはありえない生活だけれど、数日前機屋さんでお茶をご馳走になりながら電車の話になったので、改めて電車で移動することの醍醐味は一体何か、考えてみる。


岡山と西脇産地へ綿織物を見に行った時の話

夜に富士吉田から沼津駅まで車で行き、寝台特急サンライズ出雲・瀬戸に乗り込み「のびのび座席」という半雑魚寝スペースで一晩揺られた。

寝台列車は夜に移動するから効率が良いし、横になって寝れるから身体も休めることができるのが良いところ(最近はブルートレインの廃止が多くてとても悲しい)。夜だから窓からはほとんど何も見えないけれど、たまに止まる停車駅で乗って来る旅人を「あの人はどこに、なんの目的で行くのだろう」と思いながら見るのが好きだった。


大学生のころ、同じくサンライズ号に乗っていた時。小さなラウンジにスーツ姿のサラリーマンがいた。聞くと、会社帰りはたまにサンライズに乗って東京駅から横浜まで帰るらしい。通勤電車に乗らない理由を聞くと、「旅行にウキウキしている乗客を見ながら帰るのが楽しいくて、僕もこの時間だけ旅行をしている気分になる」と言っていたことを思い出す。

他人と他人の世界観がちょうど良い距離感で混じり合う空気感は、長距離列車特有の独特な雰囲気だと思う。

このまま語ると「寝台列車に乗ってみたレビュー」になってしまうから止めておくけれど、とにかく次の目的地まで数時間ぼーっとしている時間、景色や人を見る時間はリフレッシュになるし、点を点を結ぶ移動は土地の変化に気づくことができて楽しい。それは新幹線であっても。


駅や地域によって言語、服、雰囲気などが違うから、長距離の列車に乗ることは私にとってアイデアを思いついたり物事を考えたり、新しい発見をするのにとてもエキサイティングな体験なのだ。最近はそんな冒険が足りていないから、何か自分のアイデンティティを1つ忘れている気がしてならない。

もし人々の移動が戻ったら、産地間を電車で移動してレポートでも書こうか、、それとも産地内のローカル鉄道に乗って土地と産業の特徴でも見ようか、、とやりたいことリストだけが溜まっている。


いとぐち

産地の私の日常と、そこで作られた生地について

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